自分が「人生におけるどんな変化も受け入れているか?」と考えた時、
受け入れる変化に制限を設けていることに気がつきます。
あーなったら嫌、こうなったら困る。せっかく手に入れた家を失いたくない、
今のポジションを死守したい、増えた収入が減ると困る、素敵な恋人とずっと一緒に居たい、若く美しいままで居たい、病気にはなりたくない・・・数えていると、何度も夜昼が開けそうです。
あいにくなのか、幸いなのか、日本人として海外の人とちょっと比較してみると、
日本人は「変化を避ける」傾向が強いなあと感じました。
そして、「今より良くなるならいいけれど、悪くなるくらいだったら、今のままの方がましだ」とも考えます。妥当な考えといえば妥当です。
私たちは宇宙の法則に基づいて動いているので、全ての事柄には良い面とそうで内面の両方を含んでいます。自分を取り巻く出来事だけでなく、自分自身にも同じことが言えて、自分の変化も振り子が揺れるように良い方からそうではない方に、揺れ動きます。
良い方ばかりを目指す、認める傾向は、自分自身の内面にも同じように作用していて、自分の言動もポジティブと言われる方、良いと思われる方、プラスの方に動くことは肯定して、そうでない方はあってはならないこと、認めてはならないことと拒絶してしまう。
でも、変化はどちらにも揺れ動きながら、螺旋階段を登るようにしていくものです。だから、どちらに揺れてもいい。どちらに揺れることも必要で、どちらにも触れることが人生での学びなのです。
頑張る自分であることも、誰かに優しい自分であることも、前向きであることも良いことであり、否定的になることも、落ち込むことも、妬んだり、怒ったり、誰かにちょっと意地悪になってしまっても、それも良しなのです。
どちらにも変化する自分を受け入れることが出来ると、どんなことが起こるでしょう?どちらもOKならば、とっても気持ちが楽になりませんか?
同じように、誰かや、世間がどちらの方向に揺れることも受け入れられると、この世界で自分自身が生きていくことが今よりもとっても楽になります。
どちらの方向にも揺れながら、頑張って一生懸命に生きている人たちの集まりが、この地球という星なのです。自分が日によって揺れ動くように、世界の人たちも揺れ動くのです。揺れて、迷って、気づいて、知って、みんなが心地よい方向を選べるようになるのです。
どんな変化も受け入れる。
こんな短い文章ですが、果たして、自分自身はどこまで受け入れられるでしょう?
受け入れることが出来る範囲が広ければ広いほど、楽になるのは自分の人生です。
試しに考えてみることは、とてもおススメです^^